日映画コンクール
Mainichi Film Awards



毎日映画コンクール 公式サイト

前年12月1日からその年の11月30日までに公開された全作品の中から、日本映画大賞をはじめ同優秀賞、個人賞(監督賞、脚本賞、男・女優主演賞、同助演賞、撮影賞、美術賞、音楽賞、録音賞、技術賞)、記録文化映画賞、アニメーション映画賞、スポニチグランプリ新人賞、大藤信郎賞、田中絹代賞、日本映画ファン賞、外国映画ベストワン賞、外国映画ファン賞の各賞が選ばれる。対象作品は洋画、邦画を問わない。

「毎日映画コンクール」の歴史は、戦前1935年までさかのぼる。毎日新聞がまだ東京日日新聞と称していたこの年「全日本映画コンクール」が開催された。しかしコンクールはその後間もなく第二次世界大戦で中止。
現在の「毎日映画コンクール」は、1946年に始まる。以後、時代の変化とともに選考方法や賞の区分を変えながら、現在まで続いている。その歴史はカンヌ国際映画祭より古く、国内では「キネマ旬報ベストテン」に次ぐ長さである。

毎日映画コンクールは賞の多様さにおいても、あまたの映画賞の中でも特別だ。作品、俳優はもちろん、スタッフにまで賞を贈り、「ドキュメンタリー」「アニメーション」の賞まで設けているのは、日本では、毎日映画コンクールだけである。

第17回(1962年)に設けられた「大藤信郎賞」は、日本のアニメーションの先駆者である大藤信郎を称え、1962年に創設された賞。略して「大藤賞」とも呼ばれる。1961年に大藤信郎が死去。大藤の唯一の遺族である姉が毎日映画コンクールへ遺産を寄託して、これを基金として開始された。選定委員による討議と多数決により、アニメーション映画の製作領域で、その年度内に特に成果をあげたと思われる個人またはグループに贈られる。
1989年度より、毎日映画コンクール内に大藤賞とは別に、アニメーション映画賞が設けられ、棲み分けが行なわれるようになった。

1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969 1970 1971 1972 1973 1974 1975 1976 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008

受賞作(大藤信郎賞、アニメーション映画賞、アニメーションに関するその他の賞のみ)
*()内の監督名は、映画祭ホームページに記載がなかった監督名

2008年度(第62回)
大藤信郎賞『崖の上のポニョ』における宮崎駿監督の独創的表現に対して
アニメーション映画賞『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(押井 守)





2007年度(第62回)
大藤信郎賞『カフカ 田舎医者』松竹(山村浩二)
アニメーション映画賞『河童のクゥと夏休み』「河童のクゥと夏休み」製作委員会(原 恵一)





2006年度(第61回)
大藤信郎賞『鉄コン筋クリート』(マイケル・アリアス)
アニメーション映画賞『時をかける少女』(細田 守)





2005年度(第60回)
大藤信郎賞『tough guy!2005』岸本真太郎
アニメーション映画賞『劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』劇場版「鋼の錬金術師」製作委員会(水島精二)





2004年度(第59回)
大藤信郎賞『マインド・ゲーム』スタジオ4℃、レントラックジャパン、アスミック・エース エンタテインメント(湯浅政明)
アニメーション映画賞『雲のむこう、約束の場所』新海誠、コミックス・ウェーブ





2003年度(第58回)
大藤信郎賞『冬の日』 川本喜八郎の企画及び総合演出
アニメーション映画賞『東京ゴッドファーザーズ』マッドハウス、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント、電通、ジェンコ(今 敏)





2002年度 (第57回)
大藤信郎賞『千年女優』今 敏
アニメーション映画賞『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』シンエイ動画、ASATSU—DK、テレビ朝日(原 惠一)





2001年度(第56回)
大藤信郎賞『くじらとり』スタジオジブリ(宮崎 駿)
アニメーション映画賞『千と千尋の神隠し』徳間書店、スタジオジブリ、日本テレビ、電通、ディズニー、東北新社、三菱商事(宮崎 駿)





2000年度(第55回)
大藤信郎賞『BLOOD THE LAST VAMPIRE』SME・ビジュアルワークス、ソニー・コンピュータエンタテインメント、アイジープラス、情報処理振興事業協会(北久保弘之)
アニメーション映画賞『おばあちゃんの思い出』シンエイ動画、小学館、テレビ朝日(渡辺歩)
特別賞 故・徳間康快 大映株式会社社長などを歴任。「未完の対局」「敦煌」などの大作や「風の谷のナウシカ」「もののけ姫」などの優れたアニメを製作、東京国際映画祭のゼネラルプロデューサーとして世界の映画人の交流に尽力した功績に対して





1999年度(第54回)
大藤信郎賞『老人と海』におけるアレクサンドル・ペトロフと技術スタッフIMAGICA、NHKエンタープライズ21、電通テック
アニメーション映画賞『人狼/JIN=ROH』バンダイビジュアル、プロダクション・アイジー(沖浦啓之)
特別賞 故・持永只仁 戦後初の1コマ撮り人形アニメを創造、かつ多くの後継者を育成した功績に対して





1998年度(第53回)
大藤信郎賞『水の精・河童百図』白組(島村達雄)
アニメーション映画賞『ドラえもん のび太の南海大冒険』シンエイ動画、小学館。テレビ朝日(芝山努)





1997年度(第52回)
大藤信郎賞 該当作なし
アニメーション映画賞『もののけ姫』徳間書店、スタジオジブリ ・カンパニー、日本テレビ放送網、電通(宮崎 駿)





1996年度(第51回)
大藤信郎賞『るすばん』N&Gプロダクション(長崎 希)
アニメーション映画賞『ブラック・ジャック』手塚プロダクション、松竹(出崎 統)





1995年度(第50回)
大藤信郎賞『MEMORIES』における大友克洋の総指揮に対して
アニメーション映画賞『ユンカース・カム・ヒア』バンダイビジュアル、角川書店(佐藤順一)





1994年度(第49回)
大藤信郎賞 該当作なし
アニメーション映画賞『平成狸合戦ぽんぽこ』徳間書店、日本テレビ、博報堂、スタジオジブリ(高畑 勲)





1993年度(第48回)
大藤信郎賞『銀河の魚』たむらしげる、ソニー・ミュージックエンタテインメント、愛があれば大丈夫、ソニー
アニメーション映画賞『機動警察パトレイバー2 the Movie』バンダイビジュアル、東北新社、イング(押井 守)





1992年度(第47回)
大藤信郎賞 該当作なし
アニメーション映画賞『紅の豚』徳間書店、日本航空、日本テレビ、スタジオジブリ(宮崎 駿)





1991年度(第46回)
大藤信郎賞『注文の多い料理店』桜映画社、エコー(岡本忠成)
アニメーション映画賞『老人Z』東京テアトル、ザ・テレビジョン、ムービック、テレビ朝日、ソニー・ミュージックエンタテインメント(北久保弘之)





1990年度(第45回)
大藤信郎賞『いばら姫、またはねむり姫』川本喜八郎
アニメーション映画賞『走れ白いオオカミ』グループ・タック、東宝
特別賞 故・岡本忠成 日本のアニメーション映画の発展に寄与した業績に対して





1989年度(第44回)
大藤信郎賞 該当作なし
アニメーション映画賞『魔女の宅急便』徳間書店、ヤマト運輸、日本テレビ(宮崎 駿)





1988年度(第43回)
大藤信郎賞『となりのトトロ』におけるアニメーション作家としての宮崎駿のオリジナリティに対して





1987年度(第42回)
大藤信郎賞『森の伝説』手塚プロダクション(松本直規)





1986年度(第41回)
大藤信郎賞『天空の城ラピュタ』宮崎 駿と制作スタッフ、徳間書店





1985年度(第40回)
大藤信郎賞『銀河鉄道の夜』朝日新聞社、テレビ朝日、日本ヘラルド映画グループ(杉井ギザブロー)





1984年度(第39回)
大藤信郎賞『風の谷のナウシカ』徳間書店、博報堂(宮崎 駿)





1983年度(第38回)
大藤信郎賞『はだしのゲン』ゲンプロダクション(真崎 守)





1982年度(第37回)
大藤信郎賞『おこんじょうるり』桜映画社とエコー(岡本忠成)





1981年度(第36回)
大藤信郎賞『セロ弾きのゴーシュ』OHプロダクション(高畑 勲)





1980年度(第35回)
大藤信郎賞『スピード』古川タク





1979年度(第34回)
大藤信郎賞『ルパン三世 カリオストロの城』東京ムービー新社(宮崎 駿)





1978年度(第33回)
大藤信郎賞 該当作なし





1977年度(第32回)
大藤信郎賞『虹に向かって』電通映画社(岡本忠成)人形による感情表現が一段と深められ、動画との合成による効果などが高く評価された





1976年度(第31回)
大藤信郎賞『道成寺』川本喜八郎 能や歌舞伎の「道成寺」のもとになっている安珍清姫の話を、今昔物語や道成寺伝説などを参考にして脚色した作品





1975年度(第30回)
大藤信郎賞『水のたね』岡本忠成 古い民話を題材に素朴さと華麗さが協和した異例の作品。アニメーション映画の質と技を量感に顕著な跳躍を画した





1974年度(第29回)
大藤信郎賞『詩人の生涯』川本喜八郎 従来のアニメーションの形式を破ったユニークな立絵風の作品。音声によるダイアローグを廃したスーパーインポーズ形式は弦楽を交えた音響効果と相まって、画面全体が視覚詩として表現されている





1973年度(第28回)
大藤信郎賞『南無一病息災』エコー(岡本忠成)庶民の切ない祈りをこめた絵馬にモチーフをとり、その素朴な画風をフォーク調の歌と語りに乗せて昔噺を構成し、アニメーション映画に滋味豊かな新分野を展開した





1972年度(第27回)
大藤信郎賞『鬼』川本喜八郎 人形アニメーションに能の様式と邦楽伴奏を取り入れ、古典的な題材に作者の新しい解釈を加味し、おそろしくも哀れ深い作品に昇華させた





1971年度(第26回)
大藤信郎賞『てんまのとらやん』ビデオ東京(中村武雄、河野秋和)日本古来の題材、出演方法による斬新奇抜な物語の展開で人形アニメーションの領域を広めた
教育文化映画賞『チコタン〜ぼくのおよめさん』学習研究社AV局(岡本忠成)





1970年度(第25回)
大藤信郎賞『花ともぐら』『ホーム・マイホーム』岡本忠成とその製作スタッフ 心あたたまるユーモアと軽妙な文明批評を、斬新なデザインと動きによって表現し、オブジェクト(人形)・アニメーションの分野に新生面をひらいた/大藤賞委員会特別賞 日本動画株式会社「漫画誕生—日本漫画映画発達史」(2部作)製作に対し





1969年度(第24回)
大藤信郎賞『やさしいライオン』虫プロダクション(やなせたかし)単純な線と繊細な色の扱いに、なごやかな対話と音楽を組み合わせた詩情あふれる作風で日本のアニメーション映画の水準を高めた





1968年度(第23回)
大藤信郎賞 学習研究社 人形アニメーション映画『みにくいあひるのこ』(渡辺和彦)作品において衆知の題材(アンデルセン童話)をとりあげながら永年の技術の蓄積を生かし、新しい作風でまとめあげた





1967年度(第22回)
大藤信郎賞 久里洋二『二匹のサンマ』および『部屋』の2作品において鋭い風刺とユーモアあふれる構想を色彩、音響のすぐれた技法で的確に表現し独自の作風をうちたてた





1966年度(第21回)
大藤信郎賞『展覧会の絵』手塚治虫(虫プロダクション)風刺的なアイデアをもとに、バラエティーに富んだ技法を駆使して、日本のアニメーション映画の水準を高めた
教育文化映画賞アニメーション映画『月夜とめがね』学習研究社





1965年度(第20回)
大藤信郎賞 久里洋二 独創的な発想とユニークな造形によって個性ゆたかな作品を継続的に製作し、日本のアニメーション映画の発展にも寄与した
『ふしぎなくすり』における村治夫、岡本忠成をはじめとする電通映画社製作グループ 奇抜なデザインによる造形と動きが、人形映画に新生面を開いた
教育文化映画賞学校教育映画『つるのおんがえし』学習研究社





1964年度(第19回)
大藤信郎賞『殺人 MURDER』和田誠 風刺的なアイデアと秀れた音楽処理により動画映画に新しい境地をひらいた





1963年度(第18回)
大藤信郎賞東映動画株式会社『わんぱく王子の大蛇退治』製作スタッフ(芹川有吾)日本の長編動画映画の領域で作画様式と色彩表現に新風をもたらした





1962年度(第17回)
大藤信郎賞『ある街角の物語』手塚治虫 アニメーション映画の領域で独創的な着想と優れた技術によって新鮮な様式美をつくりだした

毎日映画コンクール